君に目があり見開かれ 【黄色の本3】
先日は、浅いまどろみの中で見る一瞬の夢を切り取ったような写真集を紹介しましたが、 今日は、同じく一瞬を切り取ったような、句集を持ってきました。
個人的には俳句に興味はなかったのですが(季語とか、風景描写みたいな感じがどうも馴染めなくて)、中高からの友人に 「佐藤文香さんの俳句はすごく良いからとにかく読んでみて」と言われ手に取りました。
中はシンプルに俳句だけが並んでいます。
わら半紙のような軽い紙で持ち歩きも苦にならない作りです。
で、肝心の中身ですが、良かった。
風景描写のような、”いわゆる俳句”も中には有りますが(こういうの)
公園のまはりの柵や鴨の空
こういう、ハッとする俳句も多いのです。
かさぶたになるまへは輝いてゐた
こういった、「恋愛なんだな」と読めるような作品も所々ありますが、
冷えた手を載せれば掴む手であつた
こういう、「え?」となるような作品が多いです。
春や新聞わるい油をよく吸ふね
花に夕焼けスパゲッティを巻いてなほ
たった17文字。
突然に切り取られた情景のコンテキストが全く掴めず、個人的には戸惑いを隠せません。
しかしそんな、全くわからない映画のワンシーンのような情景を、点滅するようにパッと見せてくれる。 そのことが佐藤文香さんの良さに感じました。
57577の短歌に比べて14文字少ないからでしょうか、”心情を詠う”にも満たないような、心情が発生する前段階のふっとした空気のゆらぎを捉えたような作品が多いです。
自意識を詠う現代短歌陣と比べると、禁欲的なまでに”自分”の意識や経験を削ぎ落しているように感じます。それが良いと感じたので、間間に挟まる、「あ、これは恋愛を詠んだものなんだな」と分かるレベルの恋愛句にはそこまで心惹かれませんでした。「分からない良さ」を楽しみたい一冊です。
私が一番好きな句はこれかな。
街を抜けて橋に踊る海が見えた冬の
混みあう市街地を走って、海に出て急に視界がパッと開けた感じ。
語句の並びがバラバラになっているところが、「視界がパッと開けた」感じをよく表してるなと思いました。
何かを思ったり発見した時って、正しい文節で文章を編んでいるわけではない。
そういう、単語をバラバラ頭で転がすような感じが上手く表現されていて好きになりました。
ただ、私は無意識のうちに「車からの風景描写」と捉えましたが、ひょっとしたら歩いているシーンかもしれない。
徒歩、例えば散歩していると視界が開けたのかなとか。
「夏の海」ではなくて「冬の海」である所にもギャップがあって、 「視界がパッと開けた」感じなら、爽やかさもある「夏の海」が最適かと思うのですが「冬の海」。 「パッと開けた感じが良い」と私は思いましたが、これは読みを外しているかもしれません。
でも、そんな風に多様な解釈が生まれる作品を好ましく思います。
冒頭に出てきたこの句集を紹介してくれた友人は、実は紹介するに飽きたらず、本を送りつけてくれました。
(気に入ったら未来食堂に置いてね、のお手紙入り)
しかも作者サイン本。
有難く、このまま未来食堂で展示させてもらいます。
サインとともに句集の「ある一句」が書いてあるのですが、これは送ってくれた友人のお気に入りの一句。
どの句なのか、気になる方は是非未来食堂にお越しください。
あなたのお気に入りの一句も見つけ出してくださいね。
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■次回
さっと短く切り取ることで余韻を残すような、読み手を放置するような、そんな句集でした。
読み手を放置するような作風といえば、山本直樹さんの漫画。 少しエロさはありますが、読後感が似ています。
■次回
こういう高尚な文芸作品はダメだわ、という方にはこちらはどうでしょう。 こちらは短歌ですが、負け犬OLの悲哀を詠ったもの。 気軽な現代作品として楽しめます。こういうのも良いですね。
■次回
作品紹介の中にも出てきた、傑作漫画「リバーズエッジ」もご用意しています。
冷蔵庫―潮田登久子・写真集【灰色の本2】
先日は、赤裸々なまでに愛しあう二人の日常を切り取った写真集を紹介しましたが、今日は、そんな赤裸々繋がりで、家庭の赤裸々”冷蔵庫”を持ってきました。
タイトルの通り”冷蔵庫”をひたすら写した写真集です。 写真はモノクロ。
見開きで、閉じた所一枚、開いた所一枚が並んでいます。 こうやって見ると家庭の冷蔵庫というのはつくづく小宇宙だと感じます。
自分は以前、レシピ配信で有名なクックパッドで働いていたのですが、 レシピの多様さひいては家庭の料理の多様さに驚くことがしばしばありました。
未来食堂は、あなたの”ふつう”をあつらえる定食屋です。 ”ふつう”の中には、他の人から見ると滑稽な要素がしばしば含まれています。 でもその滑稽さも含めて、人間だと思うのです。 滑稽な”ふつう”を切り取ったこの写真集、 大変地味ですが一見の価値ある一冊です。
短いエッセイも載っています。その名も「ウチのナカミ」。
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■次回
食べ物と記憶、といえばこの本。
漫画を読んで湧きでたイメージをお菓子に変換しています。
一つの漫画を作品のモチーフにしつつも、その作家さんの作品をほぼ全て読んだ上で作品を作り上げています。確固とした世界観、必見です。
■次回
家の記憶につづいて、”この国の記憶”はいかがでしょうか。
戦後直後から2010年までコンパクトに収められ、ちょっとした時間旅行が味わえます。
見えない都市(河出文庫)【茶色の本4】
先日は、ここではないどこかの都市を切り取ったような、幻想的SF版画絵本を紹介しましたが、今回は、文字で読む幻想都市を持ってきました。
現代イタリア文学を代表し、今も世界的に注目され続けている著者の名作。マルコ・ポーロがフビライ汗の寵臣となって、さまざまな空想都市(巨大都市、無形都市など)の奇妙で不思議な報告を描く幻想小説の極致。
文庫本を取り上げることはあまりありませんが、
この本は短篇集になっていて長くても6ページほど、
大抵は2ページという超短篇集です。
ご覧くださいこの短さ!
短くても、文章の美しさには眼を見張るものがあります。
幻想的で気高く、読むだけで引きこまれます。
なかでも私が一番好きな箇所は、雄弁に語る二人はいつしか二人にしかわからない言葉を語り合いだし、そうしていつしか言葉すら不要になった空間の中で雄弁に語り合う、というくだりです。
流石に名作だけあり、Amazonのレビューも名文ぞろいです。
マルコによって語り出され、またマルコによって長くても7,8ページ、短ければ1ページにも満たない長さで語り終えられてしまう、それぞれの街の来歴や光景。
これらエピソードの“短さ”が、魔術的な語り口―これは米川良夫の名訳に因るところも多いと思いますが―と相俟って、あたかも街々がマルコの語りの中で一抹の泡のように浮かび上がり、また弾けて消えるような淡く儚い印象を与えています。
しかし当の落下物より、それが水面に描き出す波紋の広がりの方が美しいのと同様、この『見えない都市』ほど、一つ一つのエピソードを読み終えた後の余韻に深く浸れる作品を、僕は他に知りません。
そして、これほどまでにページの余白が美しく感じられる作品も、また…。
小説は読むのに時間がかかるためあまり取り扱っていませんが
「見えない都市」は、5分でもいいから、読む価値があります。
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■次回
魂の近い二人が語り合うことで異世界が開けていくといえば、親と子が紡ぐこの物語。
何気ない石ころや空き箱が、想像力豊かな二人によってワクワクする小道具に変身します。
■次回
幻想短篇集といえば、押しも押されもせぬ、ミヒャエル・エンデ。
”鏡のなかの鏡”です。
回転ドアは、順番に (ちくま文庫)【黄色の本3】
先日は、失恋中の女子に対して『お気は確か?』と辛言をぶつける名作オカマエッセイを紹介しましたが、今回は、そんな失恋を迎える前の、恋愛最高潮の魂をぶつけあう二人の短歌集を持ってきました。
ある春の日に出会って、ある春の日に別れるまでの、恋愛問答歌。短歌と、そこに添えられた詩のような断章で、男と女、ふたりの想いがつづられる。
穂村弘さんと東直子さんの短歌が並んでいます。
もともとは単行本の大きな本を持っていました。
短歌の間に独り言のような散文も紛れていて、短歌に敷居の高さを感じている人でも気楽に読める作りになっています。
単行本はこんなふうにカラーなので、二人の問答が目で分かりやすかったのですが、
文庫本は当然白黒。
歌の上に作者別の記号が付いているのですがぱっと見よくわかりません。
ですので、こうやって歌頭にカラーペンで丸をつけてみました。
ここまで入れ込んだ理由は、解説にあります。
作品紹介には『ある春の日に出会って、ある春の日に別れるまでの、恋愛問答歌』とありますが、
残念ながら凡人には全然分からない のです。
短歌一つ一つはいい感じで好きなのですが、この作品紹介を読んで驚いてしまいました。
『え?!別れてたんだ?!』って。
そんな凡人にも、文庫本には分かりやすい解説が付いています。
実は別れ方も衝撃的な別れ方だったのですが、そのあたりも読んでいて全く気づけませんでした。
初めの "回転ドアに入れない人がいた" って一節は『出会いなんだな』と分かることも出来ましたが‥
凡人は、恋愛の魂をぶつけあう土俵にすら立てないのか。。
回転ドアは、順番に (ちくま文庫)
※※ この本に似た作品にリンクします。お好きな次回を選んでください※※
■次回
愛を詠み合うといえば、和歌です。
■次回
愛しあう崇高な二人が向かう滑稽な空間、ラブホテルの写真集はいかがでしょうか。
大阪万博―Instant FUTURE (都築響一:アスペクト)【黒色の本8】
先日は、今は亡きテーマパークや遊園地の廃墟を集めた廃墟写真集を紹介しましたが、今日は、”亡きテーマパーク”の金字塔ともいえる大阪万博の写真集を持ってきました。
大阪万博―Instant FUTURE (アスペクトライトボックス・シリーズ)
この本は、ニッチな視点を持つ大好きな編集者”都築響一”さんによるもの。
大阪万博当時の写真が並んでいます。
枠なしで画面いっぱいのため、サイズは小さい本ですがお得感があります。
それぞれの写真にキャプションはなく、説明するよりも当時にタイムトリップしてほしいという目的を感じます。
眺めていると”今どきの本”(当時の古本ではないな)と感じさせるのは、写真の配置が今どきだから、ですかね。
大胆な配置もあり、アート性を感じさせます。
とにかく大阪万博が好きです。
未来食堂の『懐かしい新しさ』と通じる所もありますね。
大阪万博―Instant FUTURE (アスペクトライトボックス・シリーズ)
※※ この本に似た作品にリンクします。お好きな次回を選んでください※※
■次回
当時の編集で万博を振り返ってみるのも一興です。
大阪万博ものはたくさん持っているのですが、編集の空気が分かる一冊といえばこちらです。
こんなに世界的な祭典だというのに大阪近所の子どもたちがイベントに出演し、それを大枠で紹介しています。アイドル産業まっさかりの今では考えられないことですね。
■次回
”ありえたかもしれないもう一つの世界”という点では、こちらの画集もお勧めです。ありふれた風景にトリックアート仕立てで非日常が織り込まれています。大判で見やすい画集です。